日本社会では親子関係は、一般的に西欧社会と比べて、濃密な場合が多い。個人主義的価値観が、例えば100年前と比べるとずいぶん強くなったとはいえ、まだまだ親子関係の絆は強い。私がしばらく住んだ英国の場合、16,7歳になると家を出る若者が普通であった。しかし、現在、日本社会では、20歳になっても親と同居するというのは普通である。
子どもの発達の研究者の間ではよく知られたことであるが、日本の家族は、親子一緒に寝ることが一般的である。いわゆる「川の字」型で寝る。これに対して、英国の場合、0歳の赤ん坊の時から、子どもは両親とは別の寝室で寝るのが常識である。「川の字」型で寝ると聞けば、殆どの英国人は仰天するだろう。
このように、英国では0歳から、親子の分離が始まるのに対して、日本の場合、少なくとも小学校中学年くらいまで川の字型は続く。大学に入っても、子どもと距離を置かない親も多く、多くの大学は保護者懇談会などを設けている。それだけではなく、近年、会社に就職しても、保護者への対応を会社がしないといけない話も聞く。
こうした寝方だけでなく、日本と英国では、子どもの育てられ方も随分異なる。英国社会だと、幼児の時から、何らかの意思表示をするものとして扱われる。私はロンドンのある保育園にボランティア補助員として通っていたが、そこでは、おやつの時間には、必ず、オレンジジュースか、アップルジュースの選択が設けられており、保育士さんが、一人一人にどちらを欲しか聞いて回っていた。日本の保育園や幼稚園は、保育士や教員がたいてい子どもが何を飲むか、何をするか決めており、選択を設けて、一人一人に意思を問うことはないように思う。個の意思ではなく、集団に同調するように「適応」していくように育てるのがいいとされているのではないかと思う。
私たち日本人は、西欧文化の影響を受けて、個人主義的な価値観を意識的には持っているが、こうしてみてみると、根底のところでは、家族主義的なあり方がいまだに根強いのではないかと思われる。そこで問題になるのは、親子関係が必ずしも良性のものとは限らないことである。心理臨床でしばしば遭遇するのは、虐待的な親子関係、あるいはまるでカルト宗教のように子どもを支配している親子関係である。子どもだけでなく、成人したクライエントの中にもそうした親子関係に苦しめられている場合がある。その際に、心理援助は、そのクライエントが、そうした親子関係から距離を置けるようになることが重要になる。そしてそれはしばしば非常に難しい。特に、子どもにとって親を非難することは強い罪悪感を持つことにつながるし、また親から離れることは、親を見捨てる、悪いことをしているという気持ちが生じやすいのである。
心理療法は、クライエントが、こうした親子関係からある程度解放され、自分らしい生き方ができるようになる手助けとなりうる。